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アイドル、AKB、そして日本:中森明夫氏との対談:ミュルダールを超えて(第15回)

 この企画「ミュルダールを超えて」は自分とは異なる多様な観点や意見をもつ方々との対話を通して、いまの日本の状況を考えています。今回は小説家の中森明夫さんとの対談をお送りします。中森さんは僕らの世代のトップランナーとして30年以上にもわたりご活躍されている稀有な存在です。この対談も中森さんのいままでの経験と識見が十分に展開された、知的な冒険といえるものでした。

中森:年齢がほぼ同じですよね。

田中:僕は一年留年しましたので、1985年に大学を卒業しています。中森さんは1960年生まれ、僕は61年ですね。当時、新人類世代といわれて就職した人たちに属しました。なので今日はその名付け親ともいうべき人といま面しているわけです。

中森:新人類、おたく、もそうですがその時々の時代を表す言葉に関わってきました。田中さんの『AKB48の経済学』の読みどころは、速水健朗さんのいっているデフレカルチャーの部分。僕は宇野常寛さんとも対談をしますが、やはり世代の違いというものを感じるときがある。田中さんの本でも書かれている「こころの消費」というものも生活感覚というべきものと関連していてとても面白かったです。

田中:僕はその本を書いたときは、実はそれほどアイドル好きではありませんでした。中森さんが坂上秋成さん編集の『BLACK OUT』のインタヴューでもおっしゃっていましたが、アイドルを通じて社会や経済のあり方を語りたかったのが一番でした。

中森:僕は今年、奇しくもライター30周年で、当時なかば就職していてペンネームで仕事始めたんですね。そこでミニコミ誌『東京おとなクラブ』の編集長が勝手につけたのが「中森明夫」だったんですよ。中森明菜がデビューした直後で、『スローモーション』という曲でまだそれほど売れてなくて、やがて『少女A』でブレイクしたんですが、中森明菜が売れてなければ、そんなに僕のペンネームも話題にならなかったと思う。僕も小泉今日子たちと同じ82年組なんですよ、ライターとして(笑)。82年組はすごい面子で、小泉、中森、早見優、松本伊代、堀ちえみ、石川秀美、彼女たちがアイドルの世界を変えましたからね。

田中:いまでも小泉今日子のドラマというとそれだけで見てしまいますね。

中森:そういう意味で吸引力がすごいんですよね。

田中:中森さんの小説『アナーキー・イン・ザ・JP』を読ませていただきましたがとても面白かったです。特に大杉栄の時代背景など、僕が専門として研究している時代と重なってますのでそこだけでも興味がありました。この著作も中森さんがいままで書かれた著作とつながりがありますよね。

中森:パンク少年が主人公ですしね。『東京トンガリキッズ』と基本は同じですね。少々勉強して雑学的知識を得ましたが、スピリットは変わらないですよね。

田中:小説の世界とアイドル論の関係はどうお考えでしょうか。

中森:実際に僕はフリーランスで物を書いてきたわけです。ということはどういうことかというと、雑誌の注文をうけて書いていて、そこでアイドル評論家になったのが事実で、戦略的というよりは現実的です。そこで思ったのは「アイドル評論家」というのはいないんですよね。いまでも北川昌弘さんなんかのほうが、アイドルについて僕よりはるかに詳しいと思いますが、彼は自分では「アイドル評論家」ではない、「アイドルライター」なんだと主張されてます。「アイドル評論家」というのは、坂上さんの雑誌でも言いましたが、ともかくアイドルファンに評判が悪いわけですよ。「オレたちの方が詳しい」と批判されるし、アイドルと対談すると嫉妬されるしね。でも僕はあまのじゃくなところもあってむしろそうなら「アイドル評論家」を引き受けてやろうと。実際考えてみたら30年ライターとしてやってきてアイドルの取材ものべ何百人とやってきてるし、僕が「アイドル評論家」と言わなければ誰もそうじゃないだろうと。『アイドルにっぽん』という評論集をライター生活25周年のときに出版したのはそういう気持ちですね。

田中『アイドルにっぽん』はとても参考になりました。特に後半はアイドル論というよりも美少女論になっていますね。

中森:篠山紀信さんとやった仕事ですね。

田中:最近のブームの以前では、アイドル論は80年代に流行りましたよね。

中森:80年より前に近田春夫さんが歌謡曲論や平岡正明さんが『山口百恵は菩薩である』を書いて、その頃ちょうど僕たちの同世代の若者が『よい子の歌謡曲』というミニコミ雑誌を出した。同誌出身でライターになったのも何人かいます。当時、僕は編集長の梶本学さんと知り合い、30年前に寄稿もしてました。中森明夫になる前に本名で。そういう土壌が80年前後にあった。アイドル論黎明期。それを僕は空気として知っていて具体的にかかわっていました。

田中『アナーキー・イン・ザ・JP』で、アイドルの女の子がパンクになってアイドルの本質とでもいうべき言葉を吐きます。バカなアイドルのふりをしているけど、心の底ではファック・ユーと叫び世界の破滅を夢想している。全人類滅亡を夢見ているパンクな心をもっていると。人類の滅亡で思い出したのですが、去年の年末に山形浩生と稲葉振一郎の両氏とSFについてのトークイベントをしました。そこでの僕の関心は、人類が種として絶滅に近い状況になったときに、どう人類という種はそれに適応するかのという生存の在り方がSFが書いてきた重要なモチーフであるということでした。その生存のあり方はだいたい二種類あって、一つはアーサー・C・クラークの『地球幼年期の終わりに』のように人類が完全に環境に適応していわば超人類化する方向、もうひとつは末期のJ.G.バラードが描いたように環境やテクノロジーに完全には適応することができずにぶつぶつ、その環境やテクノロジーに文句をいいまくるようないわば日常と人間の不適応具合を徹底的に突き詰めていく方向。中森さんの本をあえてこの文脈で読むと、前者の人間を変えていくという方向に思えますね。

中森:僕はあまり自分で自分のことを分析しませんが、たぶんなにかがなにかに変わる瞬間が好きなんですね。『猿の惑星 ジェネシス』という映画があって、これはとてもよかった。『猿の惑星』はもともと70年代にシリーズ化されていて、特に第一作と第三作が評価が高い。第一作はチャールトン・ヘストンが猿の惑星に宇宙から不時着するところから始まる。そして猿の惑星が実は未来の地球の姿だと知るというものです。第三作は逆に、猿の方が宇宙船で過去の人間中心の社会がまだあった地球にやってくるというもの。未来から来たのがコーネリアスという頭のいい猿です。このコーネリアスの子供がシーザーといって、第四作の主人公になるんですが、僕はこの第四作が大好きなんです。猿たちが人間社会に対して暴動を起こすというもの。これは明らかに当時の米国での黒人暴動を投影したものです。シーザーはサルコムx(笑)。猿が暴動を起こして自立していく。今回の『猿の惑星 ジェネシス』はその第四作のテーマと通底しています。人間社会での猿が猿でないものに変化していく。アイドルはふつうの女の子がアイドルに変化する。そこがやはり面白い。そこでさっき田中さんがおっしゃったように普通の女の子の世界が終るんでしょうね。そのあとパッと輝く。そういう風に言うと宇野常寛さんなんかは古いと(笑)。80年代のハルマゲドンぽいと言われちゃうんでしょうけど。

田中:宇野さんもこの文脈で名前が出てきて驚いてるかもしれませんが(笑)、ただ宇野さんがそれに代わる新しいアイドル論をもっているようにはまだ思えないんですよね。どうも濱野智史さんと準備中のようで出てくるのが楽しみではありますが。

中森:今回、いろんな意味でAKBがでてきてよかったと思います。まず田中さん、宇野さん、濱野さんたちがでてきた。また岡島紳士さんたちの『グループアイドル進化論』もある。ものすごくアイドル論が活況を呈したのはどう考えてもAKBがあったから。僕はやっぱりもっとアイドル論を公共化すべきだという意識があります。オタクのパワーというのはすごくあるし、ある意味、AKBのブレイクにも大きく貢献したとは思いますが。だけど論としては、例外として80年代に稲増竜夫さんの『アイドル工学』があった。でもそれっきりでした。

田中:稲増さんは昨年、日本経済新聞で最近のアイドル論をまとめて論評していて、僕の著作や太田省一さんの『アイドル進化論』なども取り上げられてました。僕は実は『AKB48の経済学』を書いたときは、稲増さんの存在を見落としていました。

中森:僕も20年近くお会いしていませんが、ともかく最近はテキストとしても読まれてないし継承されてもいない。

田中:中森さんの書かれたものだけが継承されていますね。そのほかの80年代のアイドル論者は事実上消えてしまってました。

中森:やっと最近出てきたと。

田中:僕の『AKB』は一昨年の6月ぐらいに構想・企画を出してました。まだ第二回総選挙が終わって間もない頃ですね。そのときはAKBをテーマにした論著は当然皆無でした。

中森:やはり相当に詳しい。この本の最後にあるマトリックス。だいたいこういうのやると批判される(笑)、でもそれをやったのがいい。特にゆきりん(柏木由紀)と松井珠理奈推しが信用できるなと(笑)。

田中:(笑)

中森:そういうことは重要です。カミングアウトできることが。僕も松井珠理奈の『大声ダイヤモンド』こそAKBブレイクの大きなきっかけだと思いますし、また柏木由紀は去年の総選挙では第三位になった。それを先取りして田中さんは推していたわけだから。

田中:柏木由紀は最もアイドルらしいアイドルに思えます。

中森:僕もそう思います。田中さんの本はゆきりんの総選挙の躍進をある意味先取りしている。どのアイドルがブームになるかというのは市場の無意識の反映じゃないですか。速水健朗さんと田中さんの対談を読みましたが、アイドルでなくてもラーメンでもいいんだなあ、と。国民の無意識の反映としてのラーメン。
田中:しかもアイドルもラーメンも前衛ですよね。

中森:大衆の前衛かつ無意識。

田中:昔の経済学者、特に僕のような経済思想史の研究者は、大衆の無意識に敏感でした。内田義彦や大河内一男ら。最近はいなくなってしまいました。ふつうの職業経済学者が大半です。文化と経済との交差を意識的にやる人がいないので、そこは僕も意識してやっているところです。

中森:『AKB48の経済学』ではデフレカルチャーのところがやはり面白い。若い人たちと話してると感覚的な断絶を感じます。『アイドルにっぽん』の中で、詩人の堀川正美さんの「時代は感受性に運命をもたらす」という言葉を引用しました。人は生まれる時代や国や親を選べない。それによつて感受性が宿命づけられる。その感受性にしたがってさまざまなことを行う。近年、古市憲寿さんの『絶望の国の幸福な若者たち』が話題ですよね。彼は20代半ばでしょう。物心ついたらバブルはとうに崩壊。デフレカルチャー世代といえます。つまりデフレ不況が常態であって、それで感受性が宿命づけられている。ただ、学者や批評家には自分とは違うものに対する想像力が必要だと思うんですよ。僕らはバブルを知っているし、いまのデフレ不況も知っている。これからひょっとするとデフレが終わる可能性がある。そのときに速水健朗さんの言うようにデフレマインドが残る層もあるだろう。でも、それから20年もたてば、また次のマインドが出てくる。

田中:まさに世代周流論というか、外部環境の変化によって感受性のあり方も変わる。

中森:僕は78,9年からアイドルを論じることを考えてきましたが、同時期にプロレスブームがあった。村松友視がプロレス論を書いて話題を呼んでいた。プロレスとアイドルってすごく近いんです。

田中:興行ですからね。

中森:興行でしかもやらせもある。本当かウソかわからない。それを見立てで、村松さんのいう過激な観客というものが出てくる。『紙のプロレス』なんて雑誌も出てきました。昨年、話題になりましたが『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』や『1985年のクラッシュ・ギャルズ』など、プロレス本で成熟した成果が現れています。しかしアイドル論はプロレス論ほど成熟していない。

田中:そうですね。ちょっと話をずらしますが、プロレスとアイドルの並行性でいえば、ももいろクローバーZは、70年代80年代のプロレス的なメタファーをうまく利用しているアイドルたちですが、中森さんはももクロには厳しいですよね。

中森:いや、いいと思いますよ。ただ、僕は飽き症なんですよ。Perfumeなんかも一時期ガンガンに聴いてたけど売れちゃうと飽きちゃうんだなあ。ももクロが盛り上がってるのはとてもいいことだと思うし、グループアイドル全般にはぜひがんばってほしいですね。まあ、僕の役割は個々のアイドルというよりもアイドル業界全体を盛り上げたいという感じです。『サブラ』という雑誌があって、3年近く「美少女映画館」を連載してました。女の子の女優をそこでとりあげていた。「少女映画」と名付けてそれを紹介していました。主役の女の子、堀北真希や志田未来、吉高由里子などにインタビューして記事を構成したり。ゼロ年代は少女映画の時代だったと思います。AKBがブレイクする前はみんなが知っている少女タレントはみんな女優でした。宮崎あおい、蒼井優、ガッキー、長澤まさみ、沢尻エリカ、井上真央など。なにしろ映画ってたくさんの賞がありますでしょ。新聞社の催すもの、日本アカデミー賞、キネマ旬報、映画賞もそれこそ無数にあり、日本各地で映画祭が催されてもいる。また映画評論家もいっぱいいます。ジャンルとしての啓蒙システムがすごくよくできている。それに比してアイドル界はいかにも貧弱です。

田中:評論家の人数が数えられますよね。

中森:J-CASTニュースで「AKBが悪徳商法みたいに騒がれているがどう思うか」という取材がきました(ここ参照)。これは積極的に応じなければいけないなと、弁護しました。だって僕しか一般メディアからコメントを求められてアイドルを擁護するアイドル評論家がいないんだから…

田中:僕も『AKB48の経済学』の中でAKBの抱き合わせ販売の経済合理性を説明しました。結局は、よほどのバイアスがないかぎり、ファンが自分でお金を出すことに極端に否定的な態度をとるべきではないと擁護してます。

中森:ともかくアイドルに対する社会の評価は低いです。ところで田中さんはマルクスは読まれましたか。

田中:僕の処女作はマルクス経済学者の評伝なんです。日本の経済思想史をやってるとマルクスは基本的なところをおさえてないとだめですね。

中森:マルクスの『経済学哲学草稿』に、市民社会における貨幣の権力を解明したところがあります。その出だしはゲーテの『ファウスト』やシェイクスピアが引用してあって、いまでいうと宇野常寛が村上春樹や仮面ライダーを引用しているような感じです(笑)。つまり、マルクスは批評家としてもすごいんですよね。マルクスの言う貨幣の神秘性というものがありますでしょう。経済学はどっかで価値のねつ造とつながっている。アイドルというものもそうなんですよね。アイドルはたしかにテクニックをもっているけど、「AKBは歌がへただ」といってしまえば終わりでしょう。でも秋元康には確信的な価値のねつ造力がある。そこがすごいと思う。

田中:一回ねつ造に成功するとそれが持続するとことも貨幣と似てますね。『アイドルにっぽん』の冒頭のアイドルのふたつの意味(idleという言葉に由来する理想と価値のなさの両面)にもつながりますね。

中森:そこで思い出すのが、AKBが公式にデビューする前に、その前日の2005年の12月7日のことなんです。秋元さんに「ぜひ見てくれ」と呼ばれて秋葉原の劇場へ行きました。そのとき前田敦子は印象に残ったし、高橋みなみなどもはっきりと記憶にあります。でも率直に言って僕は「これをどう維持するんだろう」と思いましたね。TVは出ませんといってるし、面白いんだけどこれじゃ破たんするんじゃないか、と心配した。そのとき岡田隆志さんという同世代のアイドルライターの方とばったり現場で会ったんです。古くから「スクランブルエッグ」というアイドル同人誌を続け、今ではネットのサイトになってますが。その岡田さんというのは、僕なんかとてもかなわない本物の元祖アイドルおたくみたいな方なんですね。で、AKBのお披露目ライブが終わったあとに、彼と喫茶店へ行って話した。僕は「あれ面白いけどどうやって維持するんんだろう、バックにはなにがあるんだろう」とか言ったんです。でも彼は違う。「みんなどんどんいい顔になる!」って(笑)。彼は翌日の12月8日も出かけて、一番ディープなファンになっている。やっぱ僕は評論家なんですよね。同じものを見ても岡田さんは東浩紀が『動物化するポストモダン』で言うところの「動物」になっている(笑)。それが僕とAKBとの出会いでした。でもAKBも『大声ダイヤモンド』のヒットがなければやめてたかもとも言われています。なにより続けたことがすごかった。アイドルのブレイクの多くはきわめて偶然の要素によるもので、売れなかったアイドルは偶然が到来する前にやめてしまったケースが多い。でもAKBが続けられた最大の要因は、やはりプロデューサーが秋元康だったからとは言えるでしょうね。

田中:秋元康氏の本は最近40冊ほどまとめて読みました。しかし彼は驚くほど空洞な存在です。何か核になるものが何もない。例えば膨大な恋愛論を書いてますが、中身はスカスカです。どうしてそんなに空洞なのか、そこに僕はむしろ関心を持ちました。彼は経済学でいうところの「心のポートフォリオ」の状態なんだな、と思ってます。いろんなものに付箋をつけて整理することに命をかける。自分の興味を持ったものにはすべて心の整理を行い、場合によってはそこに本当の金銭の投資もする。分散投資して、AKBみたいに当たったらほかを手じまいしてでもそこに集中的に投資を今度は行う。そういう人ではないかと思います。空洞の思想家。

中森:秋元さんはビジネスとしてAKBをやっている。徹底している。むしろそこが信頼できるし、倫理性も感じるところだと思います。

田中:秋元さんは確かに倫理的な人物ですね。社会への貢献を意識している。自伝風の小説に『さらば、メルセデス』がありますが、そこに彼が失ったものが書かれていますが、象徴的にはそれはアメリカです。例えば、速水健朗さんとの対談でも話題になっていますが、ジャニー喜多川にとってアメリカは彼の最も執着する目標です。秋元さんも若い頃にアメリカが目標だったんでしょうけど、しかし『さらば、メルセデス』はそのアメリカと別れる話です。たぶん、アメリカと別れたときに、彼は空洞になった。何ものにもこだわらず、興味があったものだけに心の付箋をつけて整理しまくる。「心のポートフォリオ」の状態をずっと続けている。ある種の宗教的な覚者に近く、その意味での倫理性もあるでしょう。

中森:そうなったひとつの原因は、作詞にあると思います。80年代半ばに初めてお会いしたときも、喫茶店でウォークマンで曲を聴きながら一日中、歌詞を書いてました。あれには驚いた。いまでも一日2曲は書いてると言われてますね。それがもう30年も続いている。空洞化しなければとてもやっていけないでしょう。シャーマンみたいな感覚になっていると思う。

田中:いまAKB自体はすごく巨大化した事業体になりました。執着してやっていくことをまわりからも秋元さんは求められてますよね。それは空洞化の思想家としてはちょっとつらいかもですね。例えばAKBもフォーマットを各地に展開していて、最近は福岡にHKT48を出しました。まだわかりませんが、福岡はご当地アイドルが無数にいて激戦地で苦戦も予想されます。

中森:時代を変えるアイドルは南からやって来る…というのが僕の自説です。アイドル第一号は沖縄出身の南沙織、80年代はじめには福岡出身の松田聖子、90年代にアイドルがダメになった状態の中で安室奈美恵が出てくる。停滞期になると必ず南から少女が現れて、停滞を活性化する。

田中:僕は最近、福岡に行ってさまざまなアイドルグループに出会って、アイドル市場の 活性化を実感しました。福岡はライブ文化とモデル事務所が多いですよね。

中森:福岡は昔から地元のラジオ局、ライブハウス、モデル事務所などが独自の文化圏を形成してますよね。地元アイドルというのはいまから10年ぐらい前に第一次ブームがあって、山形のシャッター通りの前で女の子たちが踊りだすというドキュメンタリー・ドラマをNHKがつくったりしてました。地方の疲弊化とアイドルの活性化という観点でしたね。そのとき感じたのはアイドルというのはその地方にいる女の子じゃないですか。その子たちをアイドルとみなすのは免許事業でもないし、まさに価値のねつ造の最たるものです。例えば小僧寿しってありますでしょ。寿司を握っているのはプロの職人じゃなくて地元で募集されたアマチュアの主婦などです。本社の指導員がマニュアルを置いていってあとは現場にまかせる。これって『2001年宇宙の旅』のモノリスみたいではないでしょうか(笑)。僕好みの進化していくという図式です。あの映画のモノリスというのは謎なんですが、実は小僧寿しのマニュアルみたいなものではないか? 触発された猿が道具を使うようになり、人類へと進化するみたいな。そこに住む人が寿司をつくる人になり、また寿司を食べる人になり、という図式は、まさに地元アイドルでやってることですよね。

田中:まさに(笑)。それを全国だけではなく国際的にもひろげてやっている。日本式のモノリス=フォーマットをそのまま外国に移植していくというのがいままでとちょっと違いますね。現地にあまり合わせず、そのまま日本のフォーマットをあてはめようとしている。例えば由紀さおりが国際的にヒットしましたが、あのまんまですよね。

中森:そうそう。考えてみたらまったくそうですよね。なんでいままでやらなかったのか。文化はセグメント化されてるかと思いきや、共通する嗜好があることがいまはわかってしまってる。これはすごいことですよね。

田中:これは『AKB48の経済学』を書いたあとに詳細な解説をつけて監訳をしたタイラー・コーエンの『創造的破壊』というものがあるんですが、その中でコーエンはグローバル化が二重の動きを示すといってます。異なる文化間の相違はなくなっていきその意味では多様性は喪失しているようにみえるけど、文化内部の多様性はかえって増加している。つまり世界各国似たりよったりのアメリカンポップスを聴いてるかもしれないけれども、他方でインドネシアやフランスなどでそれまで消費されてこなかった日本のアイドルの歌謡曲がファンを得ていく、そういう二重運動ですね。こういう二重運動がインターネットの動きでさらに加速していく。

中森:僕は宇野常寛さんとの『ウレぴあ』での対談でも言いましたが、AKBと同じく注目していたのに『美少女図鑑』というフリーペーパーがあります。ライセンスだけ全国に売って、その県のスタッフが美少女をスナップで撮る。同じ発想ですよね、町にいる女の子を撮るという。その中から『沖縄美少女図鑑』の二階堂ふみが出てくる。沖縄出身で、その後、『ニコラ』モデルになるというほとんどガッキーこと新垣結衣の後継なんだけど。その二階堂ふみが『ヒミズ』という映画でヴェネチア国際映画祭の新人賞を取った。彼女の流れはAKBでは出てこないものですよね。『美少女図鑑』というフリーペーパーは、今後も全国のご当地のアイドルが出てくる仕組みとして、画期的なメディアだと思いますね。

田中:なるほど、ご当地アイドルというローカルな現象が、二階堂ふみのような国際的な成果にもつながっていくという点では確かにAKBには見られないユニークなルートですね。僕はどうも偏ってて、女性のグループアイドルにしかいまのところ興味がないのですが。

中森:例えば、僕は1980年代の美少女ブームのときに『ゴクミ語録』という後藤久美子の本を作ったんです。後藤久美子は当時のおニャン子クラブの対極だったんですよ。普通の女子高生集団のおニャン子に対する、選ばれた美しい少女。いま例えばAKB全盛ですよね、一方でオスカーに後藤久美子の後輩の武井咲がいる。これは80年代のおニャン子と後藤久美子の構図まんまですね。歴史が反復していて面白いなあ、と。

田中:武井咲ですか。確かに演技とか『セブンティーン』のモデルでもひときわ光ってますね。いまのセブンティーンモデルは、南波留と武井咲のふたりで持ってますね。中森さんは武井咲論は書かないんですか?

中森:う~ん、難しいですね。ただ女優論は書いてみたいですね。ゼロ年代は少女映画の10年だと思っているんです。01年の宮崎おあいの『ユリイカ』、蒼井優の『リリィシュシュのすべて』によって開幕した。その後、毎年のように少女映画の名作がでてくる。画期となるのが、04年で『世界の中心で愛を叫ぶ』で長澤まさみが、そして『パッチギ!』で沢尻エリカがブレイクする。この長澤と沢尻というゼロ年代真ん中を支えたふたりの女優が、それぞれテレビではなく映画でブレイクしたのが面白い。その年の終わりに『スイングガールズ』が上映され、上野樹里、貫地谷しほり、本仮屋ユイカが出てくる。その後、『フラガール』なりがあって、その中に武井咲を置くと面白いかな、と思います。

田中:僕は毎月『セブンティーン』を、武井咲と南波留を見たさにいつもチェックしているんですが、論じるという観点がなかったので、いまのお話には非常に啓発されました。

中森:僕はAKBがあるからそういう構図が面白いんだと思う。『ウレぴあ』の対談でも言いましたが、AKBがブレイクした要因のひとつは、モーニング娘。が続いていたことがあったと思います。ハロプロのファンがAKBに流れたというのももちろんあるでしょうけど。2007年の紅白歌合戦がやはり重要で、アキバ枠ということでAKBは出た。あれは非常に暗示的で、しょこたん(中川翔子)とAKBとリア・ディゾンなんですよね。実はモーニング娘。が確か最後に出た紅白だと思います。そのとき現場に行ってた芸能記者から聞いたんですけど、やはり全然勢いが違ってAKBの方がモー娘より圧倒的にパワーがあったって。08年にはAKBは紅白を落選するわけです。そのときはちょっと危機だったかもしれない。でもモー娘。も12年間やっているのはこれはすごいことなんですよ。

田中:こういう大規模な女性グループアイドルが続くというのは宝塚ぐらいでしょうか。

中森:そうそう。宝塚は誰でも思いつくんですが、田中さんが取り上げていた大相撲にはとても感心しました。

田中:わりと経済学者は大相撲が好きなんですよね。ベストセラーになった『ヤバい経済学』や中島隆信さんという慶応大学の先生の書いた『大相撲の経済学』もあります。

中森:今度のAKBのドキュメンタリー第二弾を見たんですが、これは本当にすごいですよ。第一弾はあまり面白くなかったじゃないですか。個々のメンバーをとりあげるだけでファンしか喜ばない。でも今度の作品は画然と違ってて、東日本大震災が大きなウェイトをしめてる。彼女たちは被災地にボランティアにいってて、毎月いく。南では福岡でのアイドルたちが活気を示していて、AKBの後裔のHKT48も苦戦しているかもしれないけど、南でだめでも東北で発展している。柳田國男とかの南島イデオロギーですか、北の罪を隠ぺいして南に逃げるという図式を村井紀が批判してましたけど、その逆でね(笑)。南でだめで北にいく。北にはまだAKB的なものがないじゃないですか。東北48みたいなものがあってもいいんじゃないですか。映画の方は仙台出身の12歳の研究生が上京するときに大震災が起きるという、ちょっと出来過ぎてはいるんだけど、そういう象徴的なシーンがある。12歳の少女が被災地に立ちつくして語る場面では、正直感動しましたね。AKBが被災地にいくときに、そのバスの中で自問している。本当に被災地にいって歌っていいんだろうかと。ハラハラしている。トラックの荷台の仮設のステージにぱっとあがると、地元の子供たちがわーっと歓声をあげる。それを後方で守るように自衛隊の隊員が立っている。こういう光景はテレビなんかでは放映されなかったと思う。先の12歳の研究生の女の子が「これがわたしの運命なのかな、わたし、神様に試されてるのかな」とつぶやくんですが、涙が出るほど感激しましたね。いや、いささか危険なところのある感激ではあるんだけど。僕はこういう環境に対応できて何かを残せるというのは、いまはAKBしかないんじゃないかと思います。やはり3・11後の日本ということを彼女たちを通して考えてしまいますね。

2012年1月中旬 新宿プリンスホテルラウンジにて

中森明夫さんの著作のご紹介

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